病院での一日

病院での日常生活は、概ね次のようなものです。

起床:AM6:00
四人部屋のため、あまりよい睡眠環境ではありません。
イビキや寝言は無論のこと、おむつ替えなどもあり音と匂いが気になりぐっすりと熟睡などは期待できません。
4時か5時頃には目をつむっても眠られなくなり、6時になれば退屈なので起きてしまいます。
朝食は8時頃なので、お腹は空くし、退屈なため、一階の待合フロアにある冷凍食品自販機で買い食いをします。
この自販機は焼きそば、炒飯、たこ焼き、焼きおにぎり、フライドポテトなどが暖かい状態で食べられます。
本体は大きな冷凍庫と思われますが、冷凍庫に電子レンジが格納してあり、選んだ商品を電子レンジで自動的に温めてくれ食べられる優れた機械です。
なかでも、焼きそばとたこ焼きは巷の屋台で売られているものより美味しいかもしれません。
この冷凍食品で小腹を満たした後は、管内の散歩です。
入院中はほとんど運動をしないため、体力維持のための管内散歩は欠かすことが出来ません。
管内散歩は主に階段を使います。
階段は1階から屋上8階まであります。
これを2往復します。
何故2往復なのか?2往復すると体重が100グラム減るのです。
これは病院の高性能体重計で計って調べたものです。
足はかなり鍛えられます。

朝食:AM8;00
この時間ではさすがにお腹が空きます。
病院食は薄味で、濃い味が好きな方には物足らないと思います。私は薄味が好きなので、病院食の味付けは全く問題がありません。

昼食:PM12:00
上げ前据え膳の極めつけが病院食です。看護士さんがベットまで食事を運んでくれます。

夕食:PM18:00
昼食~夕食の間は退屈極まりない時間です。この間は寝る、本を読む、テレビを見るで時間を過ごします。
4時から始まる「水戸黄門」再放送は、見続けるうちに日課となってしまいました。
印籠を出すパターンは昔と全く変わりません。
今(2016年1月)は里見浩太朗が水戸黄門役です。

就寝:21:00
夜はテレビを見て過ごすことが多いのですが、就寝時間が21:00なので、20:00頃から床に入りウトウトしてしまいます。

深夜
深夜は夜勤の看護士さんがせわしなく動きます。点滴交換、オムツ交換、診療記録など仕事が山積みです。
夜の9時から翌朝9時までの勤務で朝は体温、血圧、引き継ぎなどの仕事を終えて家に帰ります。
夜勤明けの次の日はお休みだそうです。

指が化膿しパンパンに膨れ上がる

入院してから二日が経ちました。
切断した指はパンパンに膨れ上がっています。
傷口から入った細菌のため化膿したようです。
担当医師が、傷の処置のため手術後初めて包帯を解きました。
指は膨れ上がり、傷口から膿が飛び出し見た目はグチャグチャ状態です。
自分の指ですが、まともに見ていられません。
壊死も起きているようです。
担当医師の話では、壊死の範囲が広がっていった場合は指を切断するそうです。
私はタバコを吸っていました。
手術に取り掛かる前に担当医師から次の事を言われました。
・喫煙者は血流状態が悪く指先が壊死する可能性が高い
・喫煙者は指先が回復する可能性は低い
人差し指は何とかしたいが、中指は切断状態も悪く落とす可能性が高い。
指の血流が切断の有無の分かれ道のようです。

痛みと熱にうなされる

夕方、担当看護師から今後の看護方法について説明を受け同意しました。
入院初期は点滴治療のようです。
特に、感染症の恐れがあることから抗生薬品の点滴が主になるそうです。
すぐさま、抗生薬品と生理水の点滴治療が始められました。
抗生薬品は12時間おきです。かなり強力なものだそうで長期には使用できないそうです。
点滴治療中は起きることが出来ないので、ただただひたすらベットに仰向けに寝るしか方法がありません。
また、治療した右手は血管が切断されているので過剰な血流を防止するため常に心臓より高い位置に留める必要があります。
麻酔が徐々に薄れてきました。
それに伴い、指が痛くなってきます。
指先を切った時、怪我をした痛みとは全く違う、芯が痛い強烈なものです。
指は氷によって冷やしていますが、一時間もすれば溶けてしまいます。
ベッドのパイプや壁などに指を押し当て、少しでも熱が和らぐ箇所を探します。
あまりの痛さに寝られません。眠っていたとしても熱と痛さでうなされます。
一時間おきに目が覚めてしまい、寝られてはいません。
左腕には二本の点滴が、右腕は包帯でグルグル巻き、でもオシッコは自力でなんとか用を足せました。
高く上げたグルグル巻きの右手を、切断しなくてもいいようにと祈るように眺めました。
一体どうなるのでしょうか。

すぐに指を繋ぐ手術

2016年1月5日 午後12:00
受付では診察予約のため数名の人が並んでいました。
しかし、緊急性もあり切断した指を見せて特別に受付をしてもらいました。
このような場合のために健康保険証は常に携帯しています。

受付が終わったら処置室でインフォームド・コンセントです。
以下のような説明がありました。
・指の接合手術は行うものの血流の状態により指先が壊死する可能性もありその場合は切断する。
・裂傷の状況により筋を取り除く場合があり仮に指が接合されたとしても指の動きは保障されない。
この時点では指の切断を覚悟しました。
説明を受けて手術にとりかかるのですが同意書へのサインが必要です。
右手は使えないので、左手で、しかもヒラナガでサインしました。

移動式ベッドに乗せられレントゲン室へ直行です。
これにより指の骨の破砕状況が分かります。
その後、手術室へ移動しました。

手術の前に麻酔の実施です。脇の下へ麻酔薬を注入し脊髄への神経伝達を遮断する伝達麻酔です。
みるみるのうちに腕の感覚が失われていきました。

最初の施術は生理水による傷口の洗浄です。
田んぼでの作業中の事故なので傷口には藁が付着しているそうです。
藁は土壌に触れていて大半はドロドロに腐敗してました。
得体のしれない菌がが傷口から侵入しているようです。
ただ、生理水による洗浄だけでは付着した藁を取り除く事も出来ず、一部は傷口に付着したままだそうです。

傷口の洗浄後は砕けた骨を繋ぎ合わせる手術です。
何という装置か分かりませんが、大きな確認モニターに繋ぎ合わせる指のレントゲンが移されていました。
・中指は、第二関節まで骨が砕け、裂傷しかろうじて皮膚により留まっている状態のようです。
・人差し指は第二関節の中間あたりで半分裂傷しているようです。
それぞれバラバラになった指の骨を繋ぎ合わせるのですがその方法は次のようでした。
なお装置の名称は不明です。
・医師二名で行う。
・一方の医師がモニターを見ながら、ドリルの先に細い針金状のピンを接続した装置を持った医師に指示をする。
ピンによる骨折した骨の接続は、モニターを見ながらバラバラになった骨同士を接合するとても神経を使う手術です。
一時ごろ始まった手術は4時間を超えました。
傷口を縫合し、手術は完了です。

そして、今日から入院となりますが、いつ頃まで入院するのか?
果たして指は復活するのか?まったく分かりません。
そもそも、麻酔が切れたら事故による痛みと、手術による痛みとこの二つの痛みに果たして耐えることが出来るのでしょうか?
とても不安な夜を過ごさなければなりません。

指、指がちぎれてしまった~

2016年1月5日午前11時50分

1月5日は、まだ世間ではおとそ気分も抜けていない頃ですが、家にいても退屈なので田んぼに出かけ、田起こしの準備として「藁切り機」で藁を切っていました。もう何年も使っている機械で調子がイマイチです。藁が勢いよく飛び出してくれません。

みるみるうちに、吐きだし口に藁が溜まってしまいました。あともう少しだけで藁切りも終わりそうです。時間も昼近くになり、なんとか昼過ぎまでには作業を終えたいです。しかし、吐きだし口から藁が上手く飛び出してくれません。吐きだし口に溜まってしまった藁を掻き出さないと無理なようです。

藁切り機のクラッチを切り吐き出し口に溜まった藁を取り除くことにしました。吐き出し口の藁は思いのほか大量に詰まっていました。これを吐き出し口に右手を突っ込んで掻きだしました。

藁はかなりの量でなかなか取り出すことができません。思いっきり手を突っ込んで藁を掻きだすことにしました。吐き出し口にぐっと手を突っ込んで・・
ガーンという衝撃音とともに指に強い痛みが走りました。今までに経験した事の無い強烈な痛みです。
「ウー」
左手で手首をしっかりと握り痛みを堪えました。あまりの痛さにその場にうずくまってしましました。頭の中で「やっちまった」「何で?」「一体どうなっているんだろう?」様々な不安が走馬灯のように渦巻いています。

意を決し、恐る恐る指先に目をやります。
「ゆ、指が無い!!」「指がちぎれてしまった~」
軍手をはめた中指が第二関節から消えています。強い痛みと恐ろしさでまじまじと見ることが出来ません。しかし指が無いことははっきりと分かります。何しろ、指先が消えてしまっているのです。

強い痛みの中でまず考えたことは、病院へ行くことです。病院へ行くためには救急車を呼ぶか、それとも自分で行くかです。切断した指の接合には切断から時間が経たないほうがいい。救急車を呼ぶためには、誰かに救急車の手配を頼むしか方法がありません。なにしろ携帯電話を持っていなかったのですから。田んぼのど真ん中で人を探すのも大変な事です。そう判断し自分の車で行くことにしました。

激痛が走る右手を左手で押さえながら車まで走っていきます。藁切り機を軽トラックから下ろす時に使ったアルミ製のミチイタがそのままの状態になっています。荷台の後部のアオリも下がったままになっています。ミチイタはアルミ製なので放置しておくと盗まれてしまいます。後部のアオリも下がったままではブレーキランプが見えません。激痛に耐えながらミチイタを荷台に戻し、アオリを上げて左手でエンジンをかけます。

左手しか使えないため苦労してエンジンをかけました。ハンドル操作も左手のみでの操作になります。幸いな事にトルコンのためギア操作は大して重要ではありません。ハンドル操作も重量が軽い軽トラックなので片手での操作で十分操作出来ます。
田んぼから病院までは直線距離で2キロほど。五分も経たないうちに病院の玄関に到着です。

救急患者受付に駆け込みました。ガーン!!救急車で搬送されていない私は救急患者では無いそうです。受付窓口で受付の必要があるそうです。

やっちまった!花火の開催日を間違えてしまった!

11月に開催される長野えびす講花火、てっきり11月28日に開催されると思っていましたが正式な開催日は11月23日。
朝早くから出かけ、5時間かけて辿り着いたものの何か様子が変??
花火会場で行く見かける駐車禁止のコーンや警備員の姿が見当たらない。
しかも駐車場はガラガラ???
変だぞと思いつつ通りすがりのお爺さんに恐る恐る聞いてみました。
「あのー花火は今日は中止ですか??}
「花火?花火は終わったよ、凄い人出だったよ」
あっ、やはり。
ガックリポン!
どうも日にちを間違えていたようです。
23日を28日に。
3と8を間違えたわけです。
何故3と8を間違えてしまったのかはわかりません。
もう心は来年です。
このような間違いは度々ありますので??慣れています。