日本人は桜の花が好きです。
何よりも木々が未だ芽を出そうか、出さまいかと迷っているときに「お先に」とばかりにいきなり全身を花で装い、
華やかな舞台を演出したと思ったら
パッと花を散らせて舞台の袖に引っ込んでしまういさぎよさに、祭りや結婚式などの「ハレ」に通じるところがあるようです。
むしろ「ハレ」の舞台での演出方法は、桜に教えてもらったのかもしれません。
四季の移り変わりがよく分かる日本の気候風土の中で、
これほど迄に明確に春の訪れを教えてくれる花も珍しいものではないかと思います。
桜は確実に春の訪れを教えてくれ、気持ちまでも華やかにしてくれるようです。
日本人にとって、新年度の始まりは桜の開花に合わせた4月となっているように、
桜に対する思い入れは他の花々の比ではないようです。
岐阜県内にも根尾谷の薄墨桜、御母衣ダム湖畔の荘川桜、
高山市宮町(旧宮村)の臥龍桜など桜の名木が数多くありますが、
とりあえず近場でと思い車で近くを桜を探しにドライブしました。
瑞浪市内から標高のある山岡町へと車を進めますが、
桜の花が満開状態から咲き始めと季節の時計が逆周りをしています(4月16日)。
山岡町の桜は、瑞浪市より一週間遅いようです。
再び山岡町から、岩村町へと車を走らせると、季節の時計は正常に動作して桜の花は満開状態です。
写真は、恵那市上矢作町(旧恵那郡上矢作町)熊谷さん宅の庭に咲く新田の桜です。
この桜は、樹齢が450年程のヒガンサクラだそうです。
樹高は25メートル程。
二本の太い幹は途中で折れていますが、伊勢湾台風(昭和34年9月)によるものです。
広大な敷地には、この桜の大木の他に20本ほどの桜が植えられていて家は桜に囲まれています。
遠くからもよく目立つためカメラマンが数多く訪れています。
新田の桜は、恵那市の文化財の指定を受けています
恵那市串原中原(旧恵那郡串原村)の、三宅さんの敷地内に咲く枝垂れ桜です。
明知町から、県道33号線を道なりに15分程進むと、杉林の中に忽然と現れます。
私がイメージする桜は、淡いピンク色の花が、広々とした原っぱで枝を精一杯横に広げ、ポツンと咲く山のような桜ですが、この桜は
白い桜の花の色も、天から垂れ下がる桜の枝ぶりも、直線的な杉林の中に咲く場所も桜のイメージと全く異なるまるで杉が桜に化けたかと思うほどの直線的な桜です。
杉林の桜も珍しいと、桜に近づいてよく見れば納得しました。桜が咲く場所は三宅さん宅の敷地内にある墓地だったのです。
都会の人にとっては敷地に墓地がある事がまず驚きと思われますが、時代を遡れば江戸時代には敷地内に墓地があるのは当たり前の光景だったのです。
この桜は、その墓地を守る墓守桜として植えられたものだそうです。
現在は、墓地も生抜きされ移管されているそうです。
樹高は20メートルほど。樹齢は300年ほどになるそうです。
この桜の名称である「ひよもの枝垂れ桜」の「ひよも」は三宅家の屋号だそうです。
あまりにも幽玄な姿に、岐阜県と恵那市から文化財としての指定を受けています。
岩村町から上矢作町へと向かう途中、山肌の斜面にポツンと咲く一本桜を見つけました。
農作業をしていたお爺さんにお伺いしました。
「大きい桜やの」
「アーこれか、これは新田桜の子供よ」
「新田桜の子供?」
「姉さまが、新田桜が咲いているところへ嫁いでおるもんだで株分けしてもらったところさ」
「大きい桜やけど何年ぐらいになるわけやな」
「植えてから40年くらいやな」
「40年?木が太いもんで100年くらいかなと思ったけど」
「桜はヨー、成長が早いもんだで知らん間に大きいなっちまって、まだ若造やな」
「フーン」