山岡町では、秋になると田んぼを利用した寒天作りの準備が始まります。
標高500メートルの、中山間地の盆地地帯にある山岡町では、冬になると夜と昼との寒暖の差がとても大きく、
この地域特有の寒暖の差を利用した、寒天作りが古くから行われています。
テングサを煮出してトコロテンを作り、このトコロテンを屋外にさらしておくと、氷点下4度ほどになる夜間のうちに氷つき、
暖かい昼に氷が溶けて、これを10日ほど繰り返すとトコロテンの水分はすっかり抜けて、寒天に形を変えるのです。
いわゆる天然のフリーズドライになるのでしょうか。
こうした、地域の自然特性を活かした物つくりはあちらこちらにあるようで、
山岡特産の寒天も同様な盆地地帯である、信州の伊那や諏訪地方でも見受けられます。
山岡には、地域の自然を活かした物作りとしてもうひとつあります。
川の高低差を利用した、陶土作りです。
これは、今ではもう無くなってしまいましたが、盆地地帯へ流れ込む川から水を引き込んで、
水車を回し、ドラムを回転させて、長石や珪石を砕いて陶磁器の原料やガラスの原料とするものです。
水車は、昭和30年代に電気モータに変わってしまい、今では探すのも大変ですが
(写真は瑞浪市釜戸町論栃(ろんどち)地内で朽ち果てていたもの)
この地域からは、陶磁器には欠かす事の出来ない長石や、ガラスの原料となる珪石が産出するため、
それらを粉体にするために、川の高低差を利用した水車が使われていたようです。
私の記憶では、水車は木で作られたとても大きなもので小里川周辺に散在していました。
電力モータの普及によって、これらの工場は場所を移動し、散在していた水車はわずかに痕跡を残すのみとなっています。
山岡特有の地形を利用し、水力発電所も稼動していました。
これは、大正時代の産物で地場産業への電力供給のために、山岡町を流れる小里川に造られました。
現在は、小里川に出来た小里川ダムに水没してしまい、渇水期に出現する導水管跡を残すだけとなりました。
小里川から発電所までの導水路は、石を積み上げて造られた頑強なもので、
導水管跡辺りの石組みは美しいアーチ状になっています。
小里川は、名古屋市内を流れる庄内川の支流ですが、一昔前までは常に白く汚濁していて何の風情もない川でしたが、
この汚濁の原因が、山岡町や土岐市妻木町など特有の地形を利用した、水車による長石や珪石の粉砕だったのです。
今は水処理もきちんと行われるようになりましたので、さすがに川も白く汚濁しなくなりましたが・・。
発電所跡は瑞浪市陶町(すえちょう)になります